LOGIN玉座の間の入り口に立つと、衛兵たちが扉を開けてくれた。そのままカシューが座る玉座まで移動する。
「よく来てくれたね。今日はちょっと厄介ごとがあってね」
砕けた口調でカシューが切り出した。王としてのロールプレイはどうしたんだ?
「ほう、厄介ごととは?」
「ここから西の高原に悪魔が出現したという報告があってね、ちょっと行って討伐して欲しいんだ。それと……」
「私も同行する。いかにカーズ様の妹とはいえ、まだ私はその実力を認めたわけではないからな」
王の右隣に立つクラウスがそんなことを言った。それを見て、やれやれという顔をするカシュー。なるほど、召喚士としての力を示せということなのだろう。
「承知した、カシュー王よ。それならば二人で向かえばいいのか?」
「魔物の大軍もいるみたいだから、もう一人従者を付けるよ。エクリアの代行魔法使いのレミリアにも同行してもらう。エクリアには許可ももらってるし、彼女は今東の防衛に向かっているからね。現場まではうちで造った車で向かうといいよ。戦車隊隊長のガレオス、お前は三人を現場まで案内してやってくれ」
クラウスの隣にいた魔法使い然とした衣装にローブを身にまとった茶髪の女性が一礼する。そしてカリナの後ろから黒い軍服を着た黒髪の青年が言葉を発した。
「御意。では城の前に戦車を止めてありますので、そこまで参りましょう」
「ふん、小娘の化けの皮を剥がしてやるからな」
憮然とした態度のクラウス。これはギスギスした旅になりそうだなと、カリナは少々うんざりした。さっさと討伐して帰還しようと思うのだった。
◆◆◆ 城を出ると、門の前に近代的な見た目をした黒い車が止めてある。だが戦車というよりは頑丈な造りをした乗用車という感じだ。カシューはこんなものまで開発していたのかと感心するが、世界観ぶち壊しの代物に妙な違和感も覚えた。馬車とかじゃないのかと。まあ早く現場に着くのならそれに越したことはない。「さあ、こちらが我が国の技術を詰め込んだ最新鋭の戦車です。四人乗りなのでレミリアとカリナさんは後ろに乗って下さい。クラウスは助手席で構わないですよね?」
「私はどこでも構わん。さっさと討伐に向かうぞ」
「では私達も乗り込みましょう、よろしくお願いしますね、カリナさん。エクリア様からお噂は聞いておりますわ」
「私の噂をエクリアから? どうせ碌でもないものなんだろうな……」
ルナフレアとの約束通り、一人称は「私」に変えている。妙な違和感だが、次第に慣れるだろうとカリナは思った。
「さあさあ、どうぞ」
ガレウスがエスコートして、ドアを開けてくれた。そこから後ろの席に乗り込む。席の前にセットされたドリンクホルダーにアイテムボックスから取り出したいちごオレを差し込んで、背もたれに身を沈めた。
「では行きますよー! 揺れますのでシートベルトをお忘れなく!」
ギャギャギャギャギャギャ!!!
「うおおおおおぃ!!!」
荒い運転でガレウスが発進する。急激なGがかかり、身体がシートに押し付けられる。そのままのペースでガレウスは目的地まで爆速で運転を続けた。
「もうちょっと安全運転はできんのか?! 危ないし気分が悪くなる!」
カリナがそう言うとガレウスは「あはは」と笑うだけだった。こいつはハンドルを握らせてはいけないタイプの人間である。現実世界でもこういった輩は存在するため、カリナは気が気ではなかった。
「ガレウス様の運転はいつもこんなものですよ、早めに慣れることをお勧めします」
平然としているレミリア。この女性もなかなかに癖が強そうである。あのエクリアの代行を務めているのだから。
「カーズ様の妹ともあろう者が、この程度の運転で音を上げるとは何とも情けないな」
クラウスは相変わらず悪態をついて来る。
「慣れていないのだから仕方ありません。クラウス失礼ですよ」
「ふん」
ガレウスに注意されて拗ねた様な反応をするクラウス。こいつは何がそんなに気に食わないのか、カリナにはさっぱりだった。
「まあいいさ、多少の悶着はパーティプレイにはよくあることだしな」
と、少々大人びた発言をしてみる。
「カリナさんはそんな幼い見た目なのに大人なのね。クラウス隊長とは大違いね」
レミリアがそんなことをわざとクラウスに聞こえる様に言った。「ふん」と不機嫌そうな反応を示すクラウス。
「それにしても召喚士なんて、珍しいですね。今ではほとんど目にすることもありませんよ」
ガレウスが素朴な疑問を口にした。
「そうなのか……。まあ確かに召喚獣を従えさせるのは結構大変だからそうなっているのかもしれないな」
召喚獣を従えさせるには、術者が一人でその対象の体力を全て削り切る必要がある。そのため、何かしらの他の技量がないとかなり苦労する。
カリナは剣術と体術をかなり鍛えているため、そこまで苦労することはなかったが、普通のプレイヤーがそれを実行するのはかなりの難易度である。VAOが現実世界となった今、そういうリスクを犯す人間が減ったと言うことなのであろう。
「まあ、この討伐任務で召喚術の神髄を見せてやるよ」
「それは頼もしいわね。楽しみにしてるわ」
レミリアの期待の言葉を受け取り、カリナはこれからまた戦いが経験できるとなってワクワクしていた。
◆◆◆ 数時間後、現地から少し離れた場所に到着した。カリナは目を閉じて探知スキルを発動させる。高原には数百のコボルドという小型の犬型の二足歩行をする魔物が溢れかえっている。そしてその一番後方に悪魔がいることを捉えた。「私はここで待機していますので、終わったら戻って来て下さいね」
ガレウスにそう言われて、カリナ達三人は車外へと飛び出した。少し小高い地形に陣取って敵の配置を確認する。
「俺がまずは飛び出して的になる、二人は援護を任せる」
そう言うと、クラウスは独りで魔物の大軍に大盾を構えて飛び出した。どうやらこちらの戦力は初めから当てにしてないかのような猛進である。
「あのバカ、独りで飛び出すなんて。私も続くわ」
「なら私は召喚術でサポートするよ。さあ、顕現せよシャドウナイトの軍勢よ!」
黒い甲冑に身を包んだ黒騎士の大軍が魔物の群れの中心に召喚される。さらに大盾を構えた白い甲冑のホーリーナイトを召喚する。
「ホーリーナイトは二人の防御に徹しろ」
そう指示されると、二体の白騎士がクラウスとレミリアのすぐ近くに移動した。
「受けろ、騎士の剣を!」
クラウスは近衛騎士団長の名に恥じない力で迫り来るコボルド達を抜刀した片手剣で斬り伏せる。
「ほほう、やるじゃないか」
「風よ、敵を斬り裂け、ウインド・カッター!」
レミリアの杖から放たれた風の鎌鼬がコボルドを斬り裂く。だが、敵の数が多い。そこで黒騎士の出番である。
数に物を言わせて、次々に雄たけびを上げて向かって来るコボルド共を叩き斬っていく。
「このまま騎士達に任せても良さそうだが、やっぱり私も前線に出るとするか。返り血を浴びるのは気が進まないから、魔法剣士の力を見せてやろう」
鞘から抜いた聖剣ティルヴィングに魔力を集中させる。
「吹き荒れる嵐よ、剣に宿れ! 魔法剣ブリザード!」」
凍結の特殊効果を付与した剣を左手に持ち、敵陣に切り込む。次々と押し寄せて来るコボルドを斬ると、その特殊効果で魔物は凍りつき粉々になった。
「よし、これで返り血は浴びないな」
それを見ていたレミリアとクラウスは驚き、声を上げる。
「すごい、あれが魔法剣士の魔法剣」
「くっ、見事だな」
油断した二人に斬りかかったコボルドの攻撃をホーリーナイトの盾が弾き返す。
「油断するな! まだ敵の数は多いぞ!」
我に返った二人は落ち着いて目の前の魔物を剣と魔法で捌いて行く。そのとき後方で待機していた悪魔が姿を現した。
目の前には大軍だったコボルドの死体が大量に転がっている。
「おのれ人間風情が、ならばこれを使わせてもらう!」
悪魔が手にしていたダーククリスタルに魔力を籠めると、巨大な魔法陣から石化の魔眼を持つ巨大な蜥蜴、バジリクスが姿を現した。
「まずい、あれはバジリスク! 目を見るな!」
そうクラウスが注意をしたのと同時に近くにいた黒騎士が一瞬でその両眼を斬り裂いた。
グギャアアアアアアアアアアア!!!
両目を潰されてのたうち回るバジリスク。そこへ数体の黒騎士の大剣からの一閃でバジリスクは肉片へと切り刻まれた。
「まさか、これほどまでは……」
「召喚術とはなんてすごい……」
驚きを隠せない二人。しかもかなりの数の召喚体を同時に使いこなすなど並の使い手ではない。
「くそが、ならば悪魔の子爵であるこの俺自ら葬ってやる!」
手にした黒い瘴気を帯びた剣を振りかざしながら、この戦力の要であるカリナに向け、翼を羽ばたかせながら迫って来る。
ガィイイイイイィン!!!
魔法剣で受け止めると、悪魔は後ろへと弾き飛ばされた。
「力を示せってことだったな。ならば見せてやるよ。召喚術の真の力を! 嘶けユニコーン! その姿を現せ!」
カリナの展開した魔法陣から一角獣が姿を現す。
「なにぃ、あれだけの数を召喚しておきながら、まだ呼び出せるというのか?!」
クラウスが驚愕の声を上げる。そして召喚されたユニコーンが輝く鎧へと姿を変え、カリナの身体に装着される。前回のペガサスと違い、背中から翼は生えていないが、頭部のサークレットにはユニコーンの象徴である鋭い一本の角が生えている。
「見せてやるよ。これが真に召喚獣と心を通わせた者だけが纏うことを許される
そのまま悪魔の目の前まで一瞬で移動すると、目の前で右足を軸に一回転、そのままの勢いで左脚から強烈な蹴りが炸裂する。
「ユニコーン
ドゴオオオオオオオオオォッ!!!
「ガハアアアアアアッ!!!」
強烈な一撃をお見舞いされた悪魔は吹き飛び、そのまま爆発して四散した。最早コボルド達は数匹を残して壊滅状態だったが、主の最後を見て、尻尾を巻いてその場から退散していった。
「す、すごい……」
「ああ、俺の考えが間違っていた……。召喚術をあそこまで高度に使いこなし、攻撃でなく我々のサポートまで。しかもあれが召喚術を極めた者だけが身に纏うことができるという伝説と言われる
召喚を解き、ユニコーンに礼を言うと、ユニコーンはカリナの顔に人懐っこそうにすり寄ってから光の粒子となって消えて行った。そして後方で戦っていた二人の下に帰還する。そこではレミリアとクラウスがその場に跪いてカリナの凱旋を待っていた。
「終わったぞ、って、どうしたんだ二人共?」
「数々の御無礼をお許し下さい。俺はあなたの力を認めようとはしなかった。白騎士に命を救って貰いました。あなたは素晴らしい召喚士だ」
「ええ、それにさきほどの輝く紫の鎧。あれが真の召喚士にしか纏えない
突然の態度の豹変に面食らうカリナだったが、召喚士の力を示すというミッションは達成されたのだった。
「あ、そういえば悪魔から情報を聞き出すのを忘れてた、いやー失敗失敗。まあ討伐任務は果たしたことだし、さっさとエデンに報告に戻ろう」
「「はい!」」
情報収集には失敗したが、カリナの初任務は無事終了した。
アリアの部屋を辞したカリナは、重い足取りでカグラと隊員が待つ貴賓室へと戻ってきた。 扉を開けると、そこには既に豪勢な昼食がテーブルいっぱいに並べられていた。アレキサンド名物の肉料理や、彩り豊かな野菜のテリーヌ、そして数種類の果物。カグラは優雅にフォークを動かし、隊員は口の周りをソースで汚しながら夢中で肉にかぶりついている。「おかえりなさい、カリナちゃん。どうだった?」 カグラがグラスを置き、振り返る。その茶色のミディアムヘアがふわりと揺れ、穏やかな表情の中に鋭い知性が光っていた。「こちらは一応、資料から禁忌の術などの解析が終わったわ。恐ろしい術式ばかりだったけれど……今後はこれが悪用されないように、対策を練らないとね」「ああ、お疲れ様。……悪い、私も少し食べるよ」 カリナは空いている席に座り、まだ温かいローストビーフを皿に取り分けた。一口食べ、その旨味に少しだけ心が安らぐのを感じながら、カリナは静かに口を開いた。「彼女は……間違いなく『女神』だ。この世の理の常識を遥かに超える存在だ」 その言葉に、カグラの手が止まる。「何か分かったの?」「ああ。彼女が探している人物は、私である可能性が高い。だが、この世界ではアバターという仮初めの姿が邪魔をして、魂にある目印がはっきり見えなくて、そこまで確証が持てないらしい」 カリナはナイフを握る手に力を込める。「それに……この世界から次元を斬り裂いて脱出することなど簡単だ、とも言っていた。私達が必死に生きているこの世界の理屈など、彼女にとっては取るに足らないことなんだろうな」「次元を斬り裂く……? まるでSF映画ね」「笑えない話だがな。……それと、彼女はその人探しの合間の暇潰しに、このVAOをプレイしていたPCの一人でもあるそうだ」 カリナが告げると、カグラは目を丸くし、やがてクスクスと笑い出した。「ふふっ、あはは! 神様がネトゲをするなんて、ずいぶんと俗っぽいのね。親近感が湧くような、畏れ多いような……」「全くだな。だが、その力は本物だった」 カリナは表情を引き締める。ここからが、アリアから聞いた最も重要な情報だ。この世界が虚構であり、悪魔以上のとんでもない存在が創った実験場であること。それをカグラに伝えようと、口を開きかけた瞬間――。「――っ……ぐぅっ……!」 ドクン
「いらっしゃい、カリナさん。まあ、立ったままではなんですし、掛けたらどうですか?」 アリアは優雅な仕草で、向かいの席を手で示した。テーブルの上には、既に湯気を立てる二つのティーカップ。最高級の茶葉の香りが、部屋の中に満ちている。まるで、カリナがこのタイミングで訪ねてくることを、最初から知っていたかのような準備の良さだった。 カリナは一瞬躊躇したが、意を決して椅子を引き、アリアと対面する形で腰を下ろした。「いただきます」 勧められるままに紅茶を一口含む。渋みがなく、花のような芳醇な香りが鼻腔を抜ける。それは、毒など入っていない、純粋なもてなしの一杯だった。カップをソーサーに戻し、カリナはその碧眼を細めて、目の前の美女――自分と瓜二つの髪色を持つ、違いはカリナの毛先が金髪くらいの、謎の存在を見据えた。「……単刀直入に聞く。あなたは一体、何者なんだ? なぜ私のことを知っている? そして……先ほど言っていた『女神』というのは、本当なのか?」 矢継ぎ早に繰り出された質問に、アリアはカップを口元で傾け、ふふっと楽しげに笑った。「せっかちですねぇ。でも、答えは先ほど言った通りですよ。――女神です」 またしても、はぐらかすような返答。だが、その言葉には嘘の匂いがしない。それどころか、彼女が纏う空気そのものが、人知を超えた何かであることを雄弁に物語っていた。 カリナは深呼吸をし、ずっと胸の内に秘めていた「確信」をぶつけることにした。「……私は以前、ある場所で『真実』の一端に触れた」「ほう?」「『死者の迷宮』の最深部……そこにあった祭壇の鏡だ。私はそこで、現実世界で死に別れたはずの幼馴染――『彩』と再会した」 カリナの脳裏に、あの時の情景が蘇る。鏡の向こうで微笑んでいた、懐かしくも切ない少女の姿。「彼女の髪は、生前のような赤茶色ではなく、透き通るような銀髪に変わっていた。そして彼女は言ったんだ。『女神様に、別の世界に転生させてもらった』と」 アリアの手が、わずかに止まる。「さらに彼女はこうも言っていた。『その女神様が、今、あなたのことを探している』と。……今の私がいるこの世界では因果が正しく回っていないため、私がトラブルに巻き込まれやすくなっているとも教えてくれた」 カリナは畳み掛けるように言葉を続ける。「それだけじゃない。先日、私の
謁見の間には、レオン王の宣言が重々しく響き渡っていた。 一週間後に開催される剣術大会。それは、人類の脅威に対抗するための精鋭を選抜する重要な儀式でもある。しかし、カリナには一つ、どうしても確認しておかなければならない懸念があった。「陛下。剣術大会ということは……まさかとは思いますが、真剣を使う訳ではないのですよね?」 冒険者ギルドの訓練や一般的な模擬戦では、刃引きをした剣や木剣を使うのが通例だ。Aランクの実力者同士が真剣でぶつかり合えば、手加減をしたとしても事故は避けられない。だが、レオン王は鷲のような鋭い瞳でカリナを見据え、短く答えた。「いや、真剣での立ち合いになる」「なっ……真剣、ですか?」 カリナが眉をひそめると、隣に控えていたカグラも扇子で口元を覆い、懸念を示した。「陛下。いくら腕に覚えのある者同士とはいえ、真剣勝負となれば、下手をしたら死傷者が出る恐れがございますわ。未来の戦力を選抜する場で、有望な若者が命を落としては本末転倒では?」「うむ、そなたらの言い分はもっともだ。だが、案ずることはない。それについては、ここにいるアリア殿が、特別な『魔道具』を準備してくれているのだよ」 王の言葉を受け、アリアが一歩前に進み出た。彼女が何もない空中に手をかざすと、誰も見たことがない未知の魔法陣が展開され、そこに闘技場の様子を模した鮮明な立体映像が投影された。「ご心配には及びませんよ。私が開発した、この『身代わりの水晶』があれば、誰も死ぬことはありません」「身代わりの水晶……? ずいぶんと大きいな」 カリナが驚くのも無理はない。投影された映像では、闘技場の舞台の両端に、優に人ひとり分の大きさがある巨大な水晶が設置されていたからだ。「はい。大会には大観衆が押し寄せますから、遠くの客席からでも状態が視認できるよう、このサイズに設計しました」 アリアはカリナ達に向き直り、落ち着いた丁寧な口調で説明を始めた。「これは対象の魔力と生命力をリンクさせる特殊な魔道具なんです。勝負の前に、この水晶に自分の魔力を流して記憶させておけば、戦闘で受けたダメージは全てこの水晶が肩代わりしてくれますよ」 アリアはニッコリと微笑み、続ける。「例えば、腕を斬られたとしましょう。その瞬間、痛みと衝撃は走りますが、肉体には傷一つつきません。代わりに、舞台の端に設
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。 石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。 近づくにつれ、その威容が露わになる。 エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。 城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」 カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。「止まれ! 何用か!」 屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」 続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」 門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」 重々しい音と共に城門が開かれる。 一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。 煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」 ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語
カシュー達との会談を終え、出発は明日ということが決まった。その場は解散となり、カリナはエデン王城の居住区にある自室へと戻ってきた。 近代的なセキュリティシステムが導入されているエデン王城。カリナは懐からカードキーを取り出し、リーダーにかざす。ピッ、という電子音と共にロックが解除され、重厚な扉が静かにスライドした。「おかえりなさいませ、カリナ様」 部屋に入ると、すぐに柔らかい声が出迎えてくれた。妖精族の側付、ルナフレアだ。彼女はいつものように慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、カリナの上着を受け取るために歩み寄ってくる。「ただいま、ルナフレア。すまないが、また少し忙しくなりそうだ」 カリナが申し訳なさそうに告げると、ルナフレアは小首を傾げた。「何かございましたか?」「ああ。明日からまた、旅に出ることになった。行き先は北の隣国、騎士国アレキサンドだ」 その言葉を聞いた瞬間、ルナフレアの表情が曇る。美しい翠眼に、心配の色が滲んだ。「明日、ですか……? カリナ様、つい昨日まであんなにお苦しみだったのですよ? 初潮が明けたばかりのお体で、またすぐに旅だなんて……」 彼女はカリナの手をそっと包み込む。その手は温かく、カリナの体調を何よりも案じていることが伝わってきた。この一週間、つきっきりで看病してくれた彼女だからこそ、その心配は深い。カリナは安心させるように、握られた手に自分のもう片方の手を重ねた。「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だ。お前の献身的な看病のおかげで、体調は万全だよ。痛みも嘘みたいに引いたしな」 カリナは努めて明るく振る舞い、笑顔を見せる。「それに、今回は戦いがメインじゃない。騎士国アレキサンドの国王に会って、友好を深めるのが主な目的だ。あとは……まあ、ちょっとした剣術大会に参加するくらいだ。危険な任務じゃないし、用が済めばすぐに戻るよ。……それに、今回はカグラも一緒だ」「カグラ様も、ご一緒なのですか?」「ああ。彼女がついてきてくれる。だから何かあっても大丈夫だ」 カグラの名前が出た途端、ルナフレアの表情がふっと緩んだ。「そうですか……。カグラ様がご一緒なら、安心ですね。あの方の実力は私もよく存じておりますし、何よりカリナ様をとても大切に思っていらっしゃいますから」 ルナフレアは安堵の息を漏らし、改めてカリナを見つめた。







